「現実は内面の投影」引き寄せの法則や潜在意識などスピリチュアルなどを学んだことがあるなら一度は聞いたことがある言葉ではないでしょうか?
そしてこの言葉を聞いた人の多くは「こんな現実私は望んでいない」「私は真面目に生きてきたけど嫌なことばっかり起きる」そんな風に思いませんでしたか?
私は思い切り思いました(笑)だからこそスピリチュアルや悟りなどに興味が湧いたのかも・・・
努力もしたり人にも優しくしている、なのに嫌なことが起きる
なんでだ!?現実は内面の投影じゃないのか?嘘ばっかりだ!
そんな風に思っていました(冗談抜きで思っていましたよ)
あれから月日が流れ、いろんな知識を学び実践し、腑に落ちたのはやはり「現実は内面の投影なんだ」ということです
ただ言葉は同じでも受け取る感覚は前とはずいぶん違っています
まずここで言う「内面」というのは人間の意識の浅い場所にある意識(顕在意識)ではなく潜在意識を表します(内面=潜在意識)
例えば人に優しくしているのに嫌な人にあったり・・・この時の潜在意識ではもしかしたら人に嫌われたくないから優しくしているかもしれません。または自分の心を覆い隠して優しくしているかもしれません。だとしたら潜在意識の嫌われたくない状況・自分が我慢している状況が現実に投影されていきます
私は自分で言うのもおこがましいですがいつも「優しい」と言われます。そして自分でも他人に優しいと思います(笑)でも現実では嫌な人にも出逢います。「優しくしているのにあいつはなんだ」みたいな状況になります
これは私が自分の気持ちを押し殺して優しくしている結果だと思います。ですのでその潜在意識の「我慢している」という状態が現実に投影されてより我慢しなければならない事態を作ります
このように自分の奥底にある心理、前提、信念などそう言った潜在意識が現れているのが今目の前にある現実です
現実を見れば皆さんが抱えている潜在意識がわかります。現実は人間の潜在意識を映し出す鏡というわけです
ですので現実を変えたければ表面上ではなく自分の深層にある潜在意識を変える必要があるのです
引き寄せの法則や潜在意識で願望が達成できるのかなあ・・・と心の底で疑っていればやはり現実は叶わないでしょう。逆に信じきっていれば即座に引き寄せの法則で願いを叶えることができるでしょう(そう簡単に引き寄せの法則や潜在意識で願いを叶えるなんてことを心底信じることができる人は少ないでしょう)
よく現実は内面の投影というと「災害で亡くなったり、いい人が殺されて死んでしまったりするけどそれも内面の投影なの?」という疑問が湧いてくると思います(私もそう思うことはありました)
これに対する答えは私なりに言わせてもらうと、まず「一人一人に世界がある」ということです
「あなたの世界はあなただけのもの、私の世界も私だけのもの」であり他の人に起きたことを引き寄せや潜在意識で推しはかることはできないのです
また引き寄せの法則や潜在意識が全てではないはずです
私は引き寄せの法則や潜在意識は存在すると思っていますがそれとは別の法則も必ずあるはず。ただ発見されていないだけかもしれません。だから引き寄せの法則だけでは説明できないないかもあると思います(りんごが木から落下するのは引き寄せを使ってもどうにもなりません)
なんかガッガリしてしまうかもしれませんが私はそう思います(あくまでも私の意見なので達人と呼ばれる方たちの意見は違うかも)
でも逆を言えば「引き寄せの法則」はあるのだからあとはその法則に従えばいいということになります
「現実は内面の投影」で現実は動かすことはできないのだから内面を変えていけばいいだけ(「それが難しいんだよ!」よくわかります)
では次回はその「内面を変えていく方法」について少し記事にして行きたいと思います
ん
嫌なことやアクシデントが起きないってわけではないんです
私が思うのはそういった嫌な現実に引っ張られないということなんです
明るく楽しく生きていたらいいことがあった
こんな時ばかり現実は内面の投影なんだ!と思っていても
嫌なことがあった途端、「現実は内面と投影なんて嘘じゃん」と認定してしまう
その認定が間違っているんです
こんな話を知りませんか?
現実はフラット。良いか悪いを決めているのは自分の心(エゴ)だと
だったら目に見ている現実に良い悪いのレッテルを貼らず、全て「完璧」認定してしまえば良いのではないかと思う次第です
嫌なことがあっても「完璧」アクシデントがあっても「完璧」
そうやって現実全てに「完璧」認定をしていくと何が起こるでしょうか?
内面が完璧と認定すれば現実も完璧なんです
私にもその道筋が少しづつ見え始めてはいます
そうやって本来「いやだ」「悪い」とかレッテルを貼っていた出来事は以前よりもはるかに少なくなった気がします
実際に起きていない気もするし、起きてはいるけど無意識にスルーしていたり、そういった負の感情が通り過ぎていっている
私にいま起きているのはそういう感覚です
でも違うんです。嫌なこと、その認定が間違っているんです
何かがあった・・・ただそれだけなのに、エゴは自分にとって悪いもの(勝手に判断する)を排除しようとします
そうではなくてただただ全てを受け入れていくんです
いいことも悪いことも受け入れていくんです
そうすると風で荒れていた海が穏やかになっていきます
風が吹いても荒れなくなった時、現実にあるのは穏やかな海そのものなんです
じゃあ怒ったりするなってこと???
違います
怒ったっていいんです
金持ちになりたいなら金持ちの気持ちを先取りすればいいんじゃないの?
でもこれらのことって根本に「不足」「不満」があるからのことなんです
心といっても差し支えないかもしれませんがそれは「自分の」ではありません
自分の心を内面として捉えてしまうと非常に苦しい展開が待っていますよ
現実をコントロールしようとして自分の内面を磨こうとするからです
何があっても不英不満は言わない、小さなことに感謝する、ありがとうを言い続ける、そんなメソッドを繰り返すことになります
だけど現実はちっとも変わらない、もしくはひどくなっていくでしょう
「内面を磨いてるのになんで変わらないんだ!」そんな気持ちが日に日に強くなっていくでしょう
現実を変えるために内面を磨くのは間違っていますよ
自分が現実を変えるんじゃないんです。変わっていくんです、勝手に
また内面は自分の心じゃないんです。「自分」なんてあってないようなものなんです。なのに自分の心なんてものはないんです
この辺は言葉にするのは私にはまだ難しい部分です
よく引き寄せの法則でお金持ちになりたいならお金持ちの気分を先取りしろ、お金を持っている感情に浸れ、みたいなものってありますよね?
素直にそれができればいいとは思いますがほとんどの人はできないでしょう?
なぜなら本当にお金持っているならそんな気分や感情は「自然に」出てくるもので無理矢理出すものじゃないからです
内面の話に戻すとそれは自然に出てくるものです。自然に安心感があれば安心感のある現実が投影される
自然にお金持ちの感情があれば現実はそうなる
大切なことは「自然」です
無理やりに内面を変えることは間違っています。そして前提の「現実を変えるために」というのもです。「自然に」「勝手に」がポイントです
